Googleと小島よしお アンビバレントな関係?

もう一週間余前の話だが、2月25日付けのニュースによれば、グーグルが日米間海底ケーブル敷設プロジェクトに参加するそうだ。

日米間のデータやインターネットトラフィックの増大に応えるために、海底ケーブルが通信会社数社で敷設を計画しているが、そのコンソーシアムに参加する。


ニュースをみた瞬間、なぜグーグルが通信インフラに投資?と思った。


グーグルのオフィシャルブログによれば、

"As more and more people conduct online searches and interact with applications like Gmail, Google Earth and YouTube, we've had to think outside the box to create a more scalable, affordable and easy to manage network that meets our users' needs worldwide. "

「ますます多くの人がオンラインで検索をし、GmailGoogle EarthYouTubeなどのアプリケーションを使うので、箱の外(the box=箱とは、グーグルのデータセンターのことだろう)でより規模の大きい、手頃な価格の、管理しやすいネットワークをつくることを考えなければならなくなった」そうだ。

確かに、YouTubeなどの動画で、お笑い芸人、小島よしおの「そんなの関係ねえ!」なんていうのが上位にランキングされたりするくらい流れているのだから、通信回線の容量に対する需給が急激に逼迫しているのだろう。

"Our participation in building Unity ultimately helps provide our users with faster and more reliable connectivity."

そこで、グーグルは、「日米間のケーブル敷設プロジェクトに参加し、ユーザーにより早い、信頼できるコネクティヴィティーを提供しよう」という。

"If you're wondering whether we're going into the undersea cable business, the answer is no. "

でも、海底ケーブル事業に入るのではありません、という。

"ensuring that we're delivering the best possible experience to people around the world."

と、最後には、世界のみなさんのためとしめている。


世界中のデータ/情報流通のハブとしてのポジションを維持する上で、これまではおそらく通信網インフラのボトルネックは存在しなかったので、通信網インフラを自ら確保する必要はなかったのだろう。でも、もし通信網インフラにボトルネックが生じると、通信会社との力関係は弱くなる可能性があるかもしれないし(だから、"affordable"(手頃な価格の)回線が欲しい)、グーグルのユーザーからみても「交換手」であるグーグルの検索機能を利用することのハードルが高くなってしまいかねない。


グーグルがデータ/情報流通のハブであるための条件として、通信インフラのabundanceがトラフィックの急激な増大で失われつつあることに気がつかさせる記事だった。グーグルにとっては、小島よしおのおかげでトラフィックは爆発しても、逆に回線が渋滞するようなことになれば、「そんなの関係ねえ」では済まされない。コスト構造やユーザーにとっての使い勝手のよさなどを維持するための海パンケーブル事業への参加、ということか。


(参考資料)
グーグルオフィシャルブログ
プレスリリース

Why data matters グーグルはぼくらの情報を必要としている!

昨日のグーグルのオフィシャルブログに、Why data mattersというエントリーがあった。

書いているのは、Hal Varian, Chief Economistとある。ハルバリアンという名前に引っかかった。彼は、カリフォルニア大学バークレー校の経済学教授で、"Information Rules”という名著を書いたハルバリアンではないか?と。ウィキペディアで調べたところ、2007年にグーグルにフルタイムで入社している。グーグルはこんなネットワーク経済の理論家まで参加しているのか、と驚いた。

さて、このエントリーは、グーグルの検索技術の進化のために、いかにぼくらの検索履歴データが不可欠であるかを述べている。検索アルゴリズム向上のために重要なのはよくわかるが、しかし、ユーザーであるぼくらにとって、コストとベネフィットは果たして釣り合っているのだろうか?ベネフィットは、欲しい情報に瞬時に辿り着けるという便利さ。コストは、過去からの検索履歴を含む一切の個人情報が記録保存され解析され続けることから生まれるリスク。リスクといっても具体的に考えなければいけないが。

この比較はなかなか難しいが、"crowds"であるぼくらユーザーがかなり割を食っているかもしれないのではないか?


以下、エントリーに線を引きたい箇所をいくつか挙げる。最後には参考までに、ぼくが試みた全訳を掲載しておく。間違い多々あると思うので、何かあれば教えてください。

Better data makes for better science. The history of information retrieval illustrates this principle well.

(訳)よりよいデータはよりよいサイエンスをもたらす。情報検索の歴史はこの原則をよく説明している。

Today's web search algorithms are trained to a large degree by the "wisdom of the crowds" drawn from the logs of billions of previous search queries. This brief overview of the history of search illustrates why using data is integral to making Google web search valuable to our users.

(訳)今日のウェブ検索アルゴリズムは、過去の何十億の検索項目から引き出された群衆の知恵(wisdom of crowds)によってかなりの程度鍛えられている。ここで検索の歴史を簡潔に概観し、なぜデータを利用することがグーグルのウェブ検索をユーザーにとって価値あるものにするために不可欠なのかがわかる。

But in order to come up with new ranking techniques and evaluate if users find them useful, we have to store and analyze search logs. (Watch our videos to see exactly what data we store in our logs.) What results do people click on? How does their behavior change when we change aspects of our algorithm? Using data in the logs, we can compare how well we're doing now at finding useful information for you to how we did a year ago. If we don't keep a history, we have no good way to evaluate our progress and make improvements.

(訳)しかし、新しいランキング技術を生み出し、ユーザーがそれを使えると思えるかどうか評価するために、検索ログを保存し解析する必要がある。(当社のログにどんなデータが保存されているか正確に知るためにビデオをみてください。)どの結果をみんながクリックするのか?私たちがアルゴリズムのさまざまな部分を変更したときに、みんなの振る舞いが変わるのか?ログに残されたデータを使って、私たちはみなさんに有益な情報を見つける点において一年前と今と自分たちがどれだけうまくできているか比較することができる。もし、このヒストリーを保存していないと、自分たちの進歩を評価し、改善していくことはできない。

Storing and analyzing logs of user searches is how Google's algorithm learns to give you more useful results. Just as data availability has driven progress of search in the past, the data in our search logs will certainly be a critical component of future breakthroughs.

(訳)ユーザーの検索履歴を保存し分析することは、どのようにグーグルのアルゴリズムがより有益な結果をだせるかを学ぶために必要である。過去に入手可能なデータが検索の進化を促したように、当社の検索履歴データが将来のブレイクスルーにとって決め手となるだろう。

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(参考)全訳

なぜデータが重要か
2008/3/4 by Hal Varian, Chief Economist


(前段 略)


よりよいデータはよりよいサイエンスをもたらす。情報検索の歴史はこの原則をよく説明している。


この情報検索の仕事は、コンピューターの利用が始まった頃に遡り、簡単な文書検索は文書ファイル中の単語や文に質問事項が一致するかどうかによって行われていた。新たなデータ元が入手できることで、アルゴリズムが進化し、より洗練されていった。ウェブの到来は検索にとって新たな試練をもたらし、ウェブリンクや他の多くの指標を重要度を表す情報として利用することが一般的である。


今日のウェブ検索アルゴリズムは、過去の何十億の検索項目から引き出された群衆の知恵(wisdom of crowds)によってかなりの程度鍛えられている。ここで検索の歴史を簡潔に概観し、なぜデータを利用することがグーグルのウェブ検索をユーザーにとって価値あるものにするために不可欠なのかがわかる。


検索の歴史


今検索はホットな話題だ。特にウェブ利用の広がりのせいで。しかし、文書検索の歴史は1950年代に遡る。検索エンジンはそんな古い時代にも存在した。しかし、その主な利用は、静態的集合体である文書を検索することだった。60年代初め、研究者らが記事の要約をデジタル化することで新たなデータを集めたが、このことで60年代、70年代に急速な進展を促した。しかし、80年代後半には、この進展は大幅にスローダウンした。


文書検索の研究を刺激するため、National Institute of Standards and Technology (NIST)が1992年にText Retrieval Conference (TREC) をスタートさせた。TRECは、フルテキスト文書の形式の新たなデータを導入し、人間の判断を使って特定の文書が検索事項に関連があるかどうかを分類した。このデータのサンプルがリリースされ、研究者らは自分たちのシステムを開発、改善し、新たな検索事項に関連ある文書を探せるかどうか、その結果をTRECの人間の判断や他の研究者らのアルゴリズムと比較した。


TRECのデータは文書検索に関する研究を復活させた。標準的で、広く入手可能で、慎重に作られたデータセットをもつことで、この分野のさらなるイノベーションの土台を作った。TRECの年次総会は、コラボレーション、イノベーション、そしてある程度の競争(そして自慢できる権利)を促し、より優れた文書検索をもたらそうとした。


新しいアイディアというのは素早く広がり、アルゴリズムは改善される。しかし、新たな改善がある度に、前年の技術を踏襲して改善することがますます難しくなり、最後には進歩のスピードが再び落ちた。


そしてウェブが登場した。最初の段階では、研究者らはTRECの研究に基づいた業界標準アルゴリズムを使って、ウェブ上の文書を探した。しかし、より優れた検索に対するニーズが、研究者のみならず普通のユーザーにとっても明らかとなった。ウェブは多くの新たなデータをリンクの形でもたらし、これが新たな前進の可能性を開いた。


二つの面で展開があった。商業面においては、いくつかの会社がウェブ検索エンジンの提供を開始した。しかし、どんなビジネスモデルが可能かちゃんとわかっているところはなかった。

研究面においては、National Science FoundationがDigital Library Projectをスタートさせ、いくつかの大学に補助金をだした。スタンフォード大学コンピュータサイエンス専攻の二人の院生、ラリーペイジとセルゲイブリンがこのプロジェクトに携わった。彼らは、既存の検索アルゴリズムはウェブ文書の特殊なリンク構造を使うことで劇的に改善されることを見抜いた。こうして、ページランクが生まれた。


グーグルはどのようにデータを使うか


ページランクは、既存のアルゴリズムに大きな改善をもたらした。ウェブページの重要性をキーワードのみではなく、そのウェブページにリンクしたサイトの質と量にもよってランキングしたのだ。もし、私のサイトにウォールストリートジャーナルやニューヨークタイムズや上院など6つのリンクが貼られたら、それはウェブを始めた大学時代の友人らから20のリンクを貼られるようりも価値がある。


ラリーとセルゲイはこのアルゴリズムを最初は新しくできたウェブ検索エンジンにライセンスしようとした。しかし誰も興味を示さなかった。アルゴリズムを売れなかったので、自分たちで検索エンジンをスタートさせる事を決心した。その後の話は有名だ。


数年にわたって、グーグルは検索をよりよくするために投資を続けている。当社の情報検索のエキスパートたちは、200以上の新たな印(signals)をアルゴリズムに加え、ユーザーの検索に対するウェブサイトの重要性を決定してきた。


で、その200の印はどこから来たのか?検索の次の段階は?よりいっそう重要な情報をオンラインで見つけるために何をすればいいのか?


私たちは常に自分たちのアルゴリズムを実験している。毎週いろいろといじってみてはユーザーにとってより意味のある利用価値のある結果をだせるようにしている。


しかし、新しいランキング技術を生み出し、ユーザーがそれを使えると思えるかどうか評価するために、検索ログを保存し解析する必要がある。(当社のログにどんなデータが保存されているか正確に知るためにビデオをみてください。)どの結果をみんながクリックするのか?私たちがアルゴリズムのさまざまな部分を変更したときに、みんなの振る舞いが変わるのか?ログに残されたデータを使って、私たちはみなさんに有益な情報を見つける点において一年前と今と自分たちがどれだけうまくできているか比較することができる。もし、このヒストリーを保存していないと、自分たちの進歩を評価し、改善していくことはできない。


ひとつ簡単な例を挙げよう。グーグルのスペルチェッカーはログからまとめたユーザーによる検索を分析することで行っており、辞書を使っているのではない。同様に、検索事項データを使うことで、地理位置に関する情報を改善し、よりよいローカル検索サービスの提供を可能にしている。


ユーザーの検索履歴を保存し分析することは、どのようにグーグルのアルゴリズムがより有益な結果をだせるかを学ぶために必要である。過去に入手可能なデータが検索の進化を促したように、当社の検索履歴データが将来のブレイクスルーにとって決め手となるだろう。

Google Health 米クリーブランドクリニックと提携

前回のエントリーに書いたように、今、情報流通を握るために、cloud computingクラウド・コンピューティング)で優位にたつことが必須であり、グーグルがこの競争で圧倒的に強いということがわかった。

そんなことを考えていた折、2月下旬にグーグルが米国クリーブランド病院と組んで、個人の健康情報をユーザーである患者が主体的に管理し、利用できるような仕組みを作る計画があることを発表した。エリックシュミット社長によるプレゼンテーションもあった。


このニュースは興味深いと思った。たとえば:

1)Cloud computing競争
データ/情報流通を握る上で、個人の健康情報は最も価値のあるコンテンツだと思う。この仕組みが標準としてクリーブランド病院にとどまらず、全米、さらに世界に広がる可能性があると考えると、この仕組み作り=プラットフォーム作りは、グーグルの競争力をさらに強くすることになると思った。

ただ、情報管理の安全性の面から、この情報流通で広告ビジネスは行わないそうだ。しかし、いずれ、情報管理の安全性を満足させつつ、広告ビジネスも可能となる仕組みは作れるのではないか?いずれにしても、このコンテンツは情報流通を握る上で最強のものだと思う。

将来の新たなビジネス展開として、こうした医療データ/情報の管理ができるプラットフォームは、臨床試験のプラットフォームなどにも活用できないか?膨大な情報を扱い、その意味付けを求められるライフサイエンス、特に医薬品開発の世界のcomputingに参入するチャンスはあるのではないだろうか?


2)患者にとってのメリット
クリーブランド病院のCEOであるDr.Delos Cosgroveは、2008年3月発行のThe McKinsey Quarterlyのインタビューで、病院経営改革について話している。

このインタビューでは、グーグルとの提携については明らかにされていないが、患者主体の医療情報の有効活用について紹介し、医療情報は病院のものではなく、患者のものであり、患者にはその情報をもつ権利があると明言している。

"In the same spirit of transparency, as of the first of January, we opened our medical records --- what's often called "the chart" --- to patients anytime they want to see their own charts. The charts really aren't the hospital's; they belong to the patients, and we think it's their right to have that information."

同時にこうした透明性が治療にもプラスの影響を与えているようだ。たとえば、看護士のシフト交替の際に、引継ぎをナースセンターではなく、ベッドサイドで行うことで、患者もそのコミュニケーションに加える、というようなことが可能となった。

"This transparency has an effect on care, because now, when the nurses review charts during shift changes, the do it bedside instead of at the nursing station. So when they say, "Well, Mrs. Smith went for a walk this morning," Mrs. Smith jumped in, if she needs to, to say, "Oh, no, nobody got me up."

グーグルとクリーブランド病院のプレスリリースによれば、患者はグーグルの画面で、自分の医療情報を見ることができ、また保険会社、医者などとその情報を自分の裁量で見せることもできる。全国のどこからでも、いつでも情報にアクセスし、利用することができる。これが実現すれば、まさに情報を患者の手に明け渡し、患者の利益のために効率的に最大限活用することが可能になるだろう。

こうした患者主体の情報管理/利用は、ひいては医療全体が抱えるコスト問題の解決にも貢献する可能性があると思う。


3)リスク
最後に、このように個人の健康情報の流通をグーグルが握ることのリスクはないのだろうか、と感じた。

グーグルは患者の利便性の向上を目的とすることを明言しているが、どんなリスクがあるだろうか?情報漏洩は問題外としても、患者情報の膨大なデータを人工知能に読ませたりするようなことがあれば、なにか問題は生じないか?

人工知能に読ませるというのは、今回のグーグルの発表で言われたことではないが、George Dysonという技術史の専門家が、グーグルを訪問した際に、あるエンジニアと、グーグルによる世界中の図書館の本をデータベース化するプロジェクトに関して話したそうだ。そのエンジニアは、「人間ではなく、人工知能に読ませるためだ」と説明したことがEdgeでのブログNicholas Carrの著作Big SwitchのiGodの章で紹介されている。

"We are not scanning all those books to be read by people. We are scanning them to be read by an AI."

本のみならず健康情報を人工知能が読むといういことの意味はなんだろうか?少しSFの世界のような話だが、またつらつらと考えてみたい。

Cloud computing(クラウド・コンピューティング) 英エコノミスト誌記事

エコノミスト誌2008年2 月7日号掲載記事"When clouds collide" が面白かった。


記事は、マイクロソフトによるヤフー買収提案に関するものである。この記事で、cloud computingクラウド・コンピューティング)という言葉を知り、興味をもって読んでみると、今、IT業界では、データ/情報流通を握る熾烈な競争が起きていることがわかった。


考えてみると、グーグルで検索するということは、国際電話をかける時にNTTの0033をダイヤルするのと同じだ。昔でいえば、電話交換手にダイヤルすることに相当する。「電話交換手」は、「電話帳」を調べ、目的の相手につないでくれる。それと同じことを、グーグルの検索はやってくれている。グーグルのデータセンターが「電話交換手」に相当し、世界中のどのサイトにどんな情報があるかをすぐに探せる機能が「電話帳」に相当する。つまり、グーグルはデータ/情報コミュニケーションにおける「交換手」機能を果たしており、その「電話帳」が優れているから、みんながこの「交換手」を利用してくれている、というふうに理解できる。


そして、その交換手としてどう稼ぐかというところが、広告というわけだ。交換手が目的の電話番号を教えるついでに、それならこんな情報はいかが?と言える絶好の広告宣伝の「場」を広告主に提供し、その場所代を稼ぐ。


話は脱線するが、これを書きながら思い出したのが、90年代にアメリカにあったCendantという企業だ。Howard JohnsonやRamadaやDays InnなどのモーテルチェーンやレンタカーのAvisなどフランチャイズビジネスを行うHFS社とオンラインショッピングのCUC社が合併してできた会社だ。そこのコールセンターの仕事のひとつが、交換手による広告宣伝だ。例えば、フロリダでレンタカーを借りる、ホテルを予約する、そういう顧客に対して、観光先のサンセットクルージングを案内する。この的を絞り込んだ広告宣伝ができるというのが、合併により見込まれたシナジー効果であった。グーグルにしてもCendantにしても、情報流通の中に入っていき、情報の中身を知ったうえで的確なマーケティングの場を提供し稼いだ、という点は共通だ。違うのは、その規模と質だ。しかもその差は圧倒的だろう。因みに、現在はCendant社は個別のビジネスに解体されているので、このかつてCendant社コールセンターのターゲットを絞り込んだ広告宣伝は、グーグルにある部分は取って代わられているのだろう。


ところで、データ/情報流通のインフラの面を考えると、今は、流通ネットワーク自体にボトルネックはなく、大量の情報がいつでもどこでも流通できるインフラが整っているといえよう。しかし、約10前を思い出すと、90年代後半にインターネットの登場で、通信網の至るところでボトルネックが発生し、通信各社が光ファイバー網敷設等による容量確保に懸命になっていた。例えば、ワールドコムが全米バックボーン回線をもつMCIを買収したのも、その頃だったと思う。通信網というインフラ面でのボトルネックが解消された今は、データ/情報流通を握るのは、有能な「交換手」である「検索機能」ということなのだろう。


さて、今回初めてcloud computingクラウド・コンピューティング)という言葉を知ったので、勉強のために記事の全訳を試みた。ただ、やはり理解できないところがあるので、他に気がついていない点も含めて、間違いやコメントをして頂ければ嬉しい。



エコノミスト誌2008年2 月7日号掲載記事 
http://www.economist.com/business/displaystory.cfm?story_id=10650607

Microsoft v Google

When clouds collide 
(題)クラウドが衝突する時
Microsoft's bid for Yahoo! is not just about online advertising
(副題)マイクロソフトのヤフー買収の狙いはオンライン広告だけではない。


(1段落目)
二つの雲が衝突するといっても穏やかなものだが、テクノロジー業界のデジタル分野では別だ。しかし、そういうふうに雲が衝突するというのが、世界最大のソフトウェア企業であるマイクロソフトが、経営難にある巨大なオンライン企業のヤフーに対して446億ドルというべらぼうに高い値段で買収をしかけた、という理由を考えようとする時には、一番理解しやすいイメージかも知れない。コンピューターの利用がオンラインでの利用になるにつれ、企業の競争力と資金力の源泉は、ますますインターネット上に存在する巨大な「コンピューティング・クラウド(雲)」(専門用語)になりつつある。ヤフー買収の狙いは、マイクロソフトの「クラウド」を膨らまし、最後には最も危険なライバル、グーグルの「クラウド」に匹敵させることを目的としている。


(2段落目)
確かに、この合併は、2000年のAOLとタイムワーナーの不運な統合以来のインターネット業界最大のものとなるだろうが、まだ成立には遠い。この号が印刷される時点では、ヤフーはまだ正式にはこの申し入れに回答しておらず、検討中であると言っていっただけだ。実のところ、ヤフー経営陣は、マイクロソフトからの前回の申し入れを断っており、買収に代わる方策、たとえば事業売却などを調査し、またグーグルとの提携を検討すらしていると言われてきた。対抗ビッドもあり得るが、これまでのところ、豊富な資金力のマイクロソフトと買収で争おうとするものは現れていいない。マイクロソフトの提示価格は一株あたり31ドルであり、買収が明らかになる前の終値に対して61%のプレミアムがのせられている。また、反トラスト法に関する調査も避けられず、特にヨーロッパにおいては時間がかかると考えられる。


(3段落目)
もしマイクロソフトがヤフーを買収したとしても、AOLとタイムワーナが経験したように、合併後の統合にリスクをはらんでいる。(今週、タイムワーナーのJeff Bewkes新社長は、AOLの縮小しつつあるインターネットアクセス事業を売却する計画を発表した。)マイクロソフトは重複する製品やサービスを統廃合する必要があり、企業文化の問題も克服しなければならない。ヤフーはオンラインメディア企業として、遊び心を誇り、オープンソーステクノロジーの上にビジネスを構築してきた。一方で、マイクロソフトはハードワーカーオタクが自前のソフトウェアを売ることで儲けている。だから、この二つの企業のテクノロジーインフラを統合して効率化するのは難しいだろう。


(4段落目)
マイクロソフトはこれらはすべて承知済みのことだから、それでもヤフーを買収したいというのは、グーグルに追いつく必要があることを自ら認める以外の何ものでもない。グーグルは検索エンジン会社であり、さらに、巨大なコンピューティングクラウド、つまり、オンラインサービスを提供するハードウェア、ソフトウェア、人材のネットワーク、を構築した最初の会社でもある。グーグルの広大なデータセンター、いわば情報発電所においては、何十万台ものコンピュータがみごとに一体化されている。グーグルは、ユーザーとウェブから膨大なデータを集めている。そして、頭のいいエンジニア軍団を雇い、これらのデータリソースを活用した新しいサービスを開発させている。


(5段落目)
最も重要なことには、グーグルはこの「クラウド(雲)」から稼ぐ方法を見つけた。サービスを提供することで、広告対象を絞り込んだ広告のための場を創造している。多くの場合は、ユーザーが検索する事柄に関連した広告を掲載できる小さなテキストボックス(画面上の入力スペース)を設けている。このテキストボックスはオークション方式で売られている。もし、ユーザーがこの広告をクリックすれば、広告主はグーグルに手数料を払う。このグーグルの仕組みは好循環を生む。最大の検索エンジンであるので、グーグルはより多くの広告主をひきつけ、より検索ユーザーにぴったりとした広告を掲載できる。そして、より多くの検索ユーザーや広告主を集めることができる。


(6段落目)
近年、マイクロソフトは自分で同じようなコンピューテイングクラウドを創ろうとしたことがある。マイクロソフトはインフラに大きく投資し、世界中にデータセンターを建設した。さらに、グーグルのサービス、特にインターネット検索に追いつこうと頑張った。最近、画面広告(検索ベース広告よりは小さいものの、急成長が期待されているオンライン広告市場のひとつ)でのポジションを強化した。5月にはマイクロソフトは、オンライン広告代理店のaQuantive社を、グーグルが画面広告のトップ、ダブルクリック社の買収を決めた後に、買収した。


(7段落目)
しかし、そうした努力の成果はわずかしか見えない。たとえば、検索市場の世界シェア(2007年12月)は、マイクロソフトの2.9%に対して、グーグルは62.4%、ヤフーは12.8%である。マイクロソフトのオンラインビジネスはまだ利益を生み出していない。マイクロソフトの経営陣がもっとも心配するのは、グーグルがオンライン広告においてリードし、この重要な市場を、特にダブルクリックの買収が完了した後に、独占してしまう可能性がある、ということだ。マイクロソフトによる熾烈なロビイング活動にもかかわらず、米国規制当局は買収を承認し。欧州当局も追随が予想されている。


(8段落目)
マイクロソフトはかつて競合他社が長期にわたってウィンドウズOSと戦えないようにし、反トラスト法訴訟で重要な役割を果たした優位性をもっていたが、皮肉にも、グーグルは同様の優位性を享受してしまうとマイクロソフトは主張している。あまりにも多くのソフトウェアがウィンドウズ上で動くように作られるので、OS市場への参入は困難なのだ。同様に、もしあまりにも多くの出版社や広告主がグーグルのオンライン広告プラットフォームを採用すると、競合他社は現実味のある競争を仕掛けることができなくなってしまう、とマイクロソフトの内部文書が記している。


(9段落目)
ダブルクリックをグーグルの手から遠ざけることができなかったので、マイクロソフトは、グーグルが圧倒的に強くなるのをヤフーに防いでほしいと考えている。もし、成功すれば、ヤフー買収によってマイクロソフトクラウドは、グーグルの規模には届かないものの、拡大するだろう。両社で月間アメリカで290百万以上のビジター(グーグルを若干上回る)をウェブサイトにひきつけることができるだろう。それでも、マイクロソフトとヤフーの両社で、検索広告で18%、ディスプレイ広告で30%の市場シェアしか得られない。


(10段落目)
それでも買収できれば、マイクロソフトは他の分野でもより大きな影響力を得ることができるだろう。ひとつは、ウェブメイル。米国市場で80%となる。インスタントメッセージの世界でも同様に支配的になろう。ヤフーはフォトシェアリングのサイト、Flickrのような多くのサービスを持っているので、マイクロソフトは世界最大のインターネット登録ユーザーのディレクトリーを支配することとなる。このディレクトリーは、新たなクラウドベースのサービスを開発する際の価値ある資産である。


(11段落目)
にもかかわらず、、グーグルにとってこの買収は朗報かもしれない、少なくとも短期的には。グーグルは確実にヤフーの最優秀の社員の引き抜きにかかるだろう。統合に経営陣は労力を奪われ、時間を食われるだろう。グーグルはすでにロビー活動を開始し、インターネットのイノベーションが損なわれかねないと訴えることで、合併を阻止しようとしているが、マイクロソフトもヤフーもここのところ革新的なイノベーションをもたらしているわけではない。それよりも、グーグルがイノベーションに邁進するかわりに、イノベーションへの脅威を訴えれば訴えるほど、ますますかつてのマイクロソフトのように思えてしまう。